【第58回】神経性やせ症②:治療など
こんにちは、Dr. KKです。
今回は前回の続きである、神経性やせ症(AN)の症状から書いていきます。
前回の記事をいかに貼っておきますので、良かったらご確認ください。
- ④ 精神症状と身体症状
- ⑤ 臨床における重要な点 その1
- ⑥ 臨床における重要な点 その2
- ⑦ 臨床における重要な点 その3
- (3)ANは医療保護入院させていいのか?
- (4)治療:アメリカ
- (5)治療:日本
- (6)まとめ
④ 精神症状と身体症状
ANにみられる精神症状を中核症状と周辺症状に分けると以下になります。
・中核症状:
食や体重への過剰な拘り、過活動、疾病否認、ボディイメージの歪み
・周辺症状:
気分不安定性、抑うつ、過敏、不眠、強迫性、人格変化、集中力低下、
自己評価の低下、認知機能の低下、無気力、精神病症状
一方で、身体症状は以下のようなものが挙げられます。
徐脈、低体重、低血圧、骨粗鬆症、汎血球減少、電解質異常、低血糖、
肝機能異常、心不全、不整脈、う歯、消化管機能障害、歩行困難、
ANは痩せることだけではなく、多様な症状を呈します。
抑うつによる自殺や不整脈など、致死的な症状を呈する場合もあります。
また、ANの75%は食行動以上の前に不安症を発症するとされています。
さらに、スウェーデンの研究では自閉スペクトラム症(ASD)が28%で合併していました。(健常人口では12%です)
確かに、僕の経験でもANとASDの合併症例は1/4〜1/5でみられています。
ある大学生の女性は、「勉強しなきゃと思っていたら、食べることを忘れるようになってしまった」と言い、徐々に食べないようになったそうです。
いわゆる「自明性の喪失」によって摂食障害を呈するようになったのです。
⑤ 臨床における重要な点 その1
やはり、一番大事なのは超急性期における身体管理でしょう。
重篤な徐脈、低血圧、低血糖、電解質異常を呈する場合は細心の注意が必要ですが、自覚症状に乏しく活動性を落としてくれない時が少なくありません。
その場合は、やむを得ず身体抑制を指示する場合があります。
疾病否認や治療拒否の背景には、身体感覚認知の障害が存在すると考えられています。
前頭葉の血流変化量を近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)で調べてみると、AN患者は健常者と比較して脳血流量変化量が低下している事が判明しています。
脳血流量の低下によって、社会適応困難の自覚が低下するようで、結果として病識の欠如や治療動機の形成困難につながると言われています。
要するに、「体が痩せると脳も痩せてしまう」という事でしょう。
⑥ 臨床における重要な点 その2
また、興味深いのは精神科作業療法において、編み物の表と裏を区別できない様子が時折みられます。
もちろん知的障害のない患者でも生じます。
こうした空間認知の障害によって、体型認知の障害(ボディイメージの障害)の基盤となっていると考えられています。
⑦ 臨床における重要な点 その3
さらに、やせ願望などの典型的な精神病理が存在しない症例もあります。
精神症状の背景に神経心理学的変化が存在しているのではないか?と考えれば説明がつくようです。
(3)ANは医療保護入院させていいのか?
よく議論になるのが、「ANは医療保護入院の対象となりうるのか?」ということです。
現実検討能力が乏しく本人の同意が得られない場合のみ、家族の同意に基づいて医療保護入院とする事がありますが、果たしてAN患者が精神障害者として捉える事ができるのか、という部分は結論が出ていない部分だと思います。
極端な話「自分の意志で、ただ食べる事を拒否しているだけ」とも言えます。
個人的な意見としては、完全に医療保護入院の対象だと思います。
確かに標準体重の70%前後の方だと、普通に疎通も可能ですし、ただ痩せている体格の人とも言えなくもないです。
ただ、標準体重の50%の人が救急搬送されたような場合は、疎通も困難です。
目も虚ろで表情も乏しく、完全に病的な状態と一瞬で分かります。
そんな状態でも「食べたくないです」「私は元気です」と言うのですから、
「これは完全に医療の保護対象だ」
「これで入院させなかったら、この人は間違いなく死ぬ」
と臨床現場では思われています。
(4)治療:アメリカ
米国精神医学会のガイドライン(2009)では、カロリー負荷は30〜40kcal/kg/日から開始する事が推奨されています。
例えば、40kgの患者の場合、1,200〜1,600kcal/日になります。
後述しますが、日本よりも多いカロリーから開始されるようです。
体重が戻ることで、半飢餓に伴うほとんどの生理学的・心理学的異常は改善するとされており、まずは体重増加が第一優先とされます。
「標準体重の85%を切る場合は、集中治療プログラムを利用せずに体重回復させるのは困難」とされており、厳密なカロリーコントロールを行いながらの体重増加を図ります。
米国では摂食障害の治療は非常に治療費がかかる疾患であり、カリフォルニア州の場合、1ヶ月の治療費は約375万円となります。
つまり半年入院すると2,000万円を超えてしまい、
「摂食障害患者が2回入院すると自宅が無くなる」
と言われています。
(5)治療:日本
① 重症度分類
日本の神経性食欲不振症のプライマリケアのためのガイドライン(2007)では、痩せの重症度が以下のように標準体重に対する割合で決められています。
・55%未満:内科的合併症の頻度が高い、入院による栄養療法の絶対適応
・55〜65%:最低限の日常生活にも支障がある、入院による栄養療法が適切
・65〜70%:軽労作の日常生活にも支障がある、自宅療養が望ましい
・70〜75%:敬老さの日常生活が可能、制限付き就学・就労の許可
・75%以上:通常の日常生活が可能、就学就労の許可
つまり、入院適応は65%のラインであり、75%を目指して体重増加を図るということです。
標準体重の50%未満の患者の6割で低血糖症状による意識障害を呈するとされています。
また、55〜65%では思考力低下や消化機能障害のため、一般的に摂食のみによる体重増加は困難となっており、入院にて点滴や胃管栄養による栄養療法が勧められます。
② 重症例
まず、重症例とはBMI<15や電解質異常をきたしている状況を指します。
こういう状況では、躊躇なく強制入院の適応とし、積極的な治療介入が必要となります。
この時期は疎通困難により精神療法的アプローチは全く意味をなさない事が多く、体重増加が第一優先となります。
カロリーと栄養面を同時にクリアするのは困難であるため、この時期はとにかく体重増加を最大目標としていいと思います。
③ 軽症例
次に、軽症例とはBMI≧15となった状況ですが、この時期は身体的な危機的状況は脱しているため、疾病教育やモチベーションの育成といった本人に任意性を重視していく事が治療方針として重要になっていきます。
因みに治療開始が早期(発症後3年未満)であるほど予後良好とされており、精神療法や認知行動療法の積極適応です。
まあ、これは当然といえば当然で、あくまで神経性(心因性)なので、薬物療法というよりも精神療法や認知行動療法の治療対象になります。
ただ、食事や体型への強い拘りが持続する場合は、オランザピン2.5mg程度の少量の非定型抗精神病薬を投与することもあります。
拘りを和らげる目的と食欲増進という意味があります。
④ 慢性例
10年以上のAN遷延例だと、コミュニケーション技能などは高い方が多いのですが、セルフケアや社会的接触性のスコアは慢性期統合失調症と同等の障害となる事が少なくありません。
また、深刻な抑うつやQOLの低下、無価値感を呈することもあり、治療介入が非常に困難となります。
この場合、中核症状の治療(体重回復)を目指すのではなく、慢性疾患としての障害を最小限に留め、個人的・社会的コストを減らしてあげることが最大目標となります。
(6)まとめ
いかがでしたか?
正直、神経性やせ症は身体管理がしっかり行える規模の総合病院でなければ、なかなか経験できない精神疾患かと思います。
多彩な精神症状に加え、身体症状が困難を極める症例も数多くみられ、精神科医として一度は経験しておいた方が良い疾患だと思います。