【第44回】「人は、なぜ他人を許せないのか」を読んで
こんにちは、Dr. KKです。
今回は、先日読んだ書籍のご紹介をさせて頂きます。
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(1)基本情報
本書は、テレビ番組でもお馴染みの脳科学者 中野信子さんの書籍です。
他人の失敗や自分と異なる意見を受け入れられない人が少なくありません。
全く知り合いでもない有名人の不倫や不祥事に対して、ネット上で
「生理的に無理」
「早く引退しろ」
といった発言を見かけることもあります。
こうした現象がなぜ起こってしまうのか、なぜ我々は他人を許す事ができないのか、について詳細に説明しています。
東京大学工学部応用化学科を卒業後、同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻を修了しています。
博士論文は「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」だそうです。
フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)で勤務し、現在は東日本国際大学特任教授に就任されています。
多くの書籍を執筆しており、本書は16万部以上のベストセラーです。
(2)要旨
人間の脳の構造上、自分の所属集団以外を受容できず、攻撃的になる傾向にあるため、誰しもが、他人を許す事ができない「正義中毒」に陥る可能性があります。
集団で正義中毒に陥った場合、多様性を狭めてしまうことになりますが、島国という閉鎖的環境で発展した日本は特にそういった風潮に陥りやすいです。
正義中毒に陥らないためには、普段から前頭前野を鍛え、メタ認知の力を身につけることが重要です。
(3)日本の特殊性
① 正義中毒は日本社会で蔓延しやすい
人は他人に正義の制裁を与えることで快楽を得ることができ、快楽にハマっている状態を、本書では「正義中毒」と表現しています。
他人に制裁を加えた際は、報酬系のドパミン放出が関与しているようです。
島国であり、かつ災害大国であったという歴史的・地理的背景から、日本社会は特にこうした正義中毒に陥りやすいと言われています。
日本では古来から、地震や飢饉などの自然災害から身を守るために集団的自衛を重んじていたため、非常に社会性の高い民族となりました。
一方でこれは、排他的な民族といっても過言ではありません。
日本の集団的自衛の概念において最も重要視されるのは集団の存続であって、個人の存続ではありません。
集団という単位は大小様々存在します。
市町村が同じであれば当然親近感が湧きますし、方言が近い地方であっても一種の仲間意識が芽生える事があります。
海外旅行に行った際、日本人に出会うだけで非常に大きな安心感を得られるのは、僕だけじゃないと思います。
会社の同僚という単位もありますし、医師という職業でも括る事ができそうです。
日本人は自身が所属する集団への帰属意識が諸外国よりも突出しているようです。
② 多様性の排他は集団を滅亡に導く
正義中毒に陥りやすいのは、多様な価値観を受容できない人です。
そして、その人の持っている意見はあくまで正義=正論であるため、その人のスタンスを否定しづらいという、より厄介な状況を作り出しています。
正論は確かに間違ってはいないのですが、様々な状況に対する柔軟性がなくなりやすいという大きなデメリットが存在します。
この柔軟性とは、様々な意見・価値観を受け入れられることを意味します。
自分とは異なる価値観に直面した時、「自分の意見と異なるなんて許せない」と感情的に反応するのではなく、「そういう考え方もある」と俯瞰して判断する事が大切です。
しかし、正論を振りかざす人が何人か集団となった場合、その集団に帰属意識が生まれ、その集団の意見と異なる人間を排除しようとしてしまう傾向があります。
この状況は長期的には集団の多様性を失うことになるため、その集団が予想していない状況に直面した時、一気に滅亡するリスクが高まってしまいます。
ただ、帰属意識が固まってしまった状況では、もはやこうした柔軟性を得る機会はありません。
こうした柔軟性を欠いた考え方は、「集団内の仲間を外の人間より優れていると考えてしまう」といういわゆる「内集団バイアス」が原因と書かれています。
外の人間をバイアスによって一元的に処理するのは、非常にコストパフォーマンスが高い行為です。
「どうせ○○な奴は○○に違いない」と考えることで、脳が手抜きをしているわけです。
一人一人の内面や人間性を吟味するのは、非常に手間がかかる行為ですからね。
ただ、こうした一元的な処理によって多様性が失われるため、諸刃の剣であるわけです。
③ 前頭前野は30代から衰える
このような柔軟性を欠く考え方に陥るのは、前頭前野の衰えが原因ではないかと筆者は考えています。
前頭前野は分析的な思考や客観的な思考に関与しており、前頭前野が発達している人は短期的な損得よりも長期的な損得を優先できるようで、社会的地位や経済的地位が高くなる傾向があるそうです。
ただ、前頭前野は30歳をピークに徐々に衰えていく部分であるため、年齢を経るにつれて頑固で柔軟性を欠くようになるわけです。
日本人がその他の人種に比べて前頭前野が劣っているというデータは本書には書かれていなかったので、日本人の正義中毒はやはり環境因子が強く影響しているようです。
④ 対策その1:新しい経験
前頭前野機能を維持するための方法がいくつか紹介されていました。
1つ目は「慣れていることをやめて新しい体験をする」ことです。
積極的に新しい経験をすることで、脳に良い刺激が入って脳が活性化します。
皆さんの中には、いつも同じお気に入りの店に行って、いつも同じメニューを頼んでいる人はいるかと思います。
些細なことで良いので、
「いつもと違う店を選んでみる」
「期間限定のメニューを頼んでみる」
など、いつもと少しでも異なる行動が前頭前野の活性化を促すそうです。
⑤ 対策その2:自分と異なる環境
2つ目は、「あえて不安定・過酷な環境に身を置く」ことです。
柔軟性に欠くようになるのは、やはり知識や経験の乏しさが原因となることもあります。
これは、海外に移住するほどの大きな環境変化だけではなく、
「普段なら絶対読まない本、関心のない本を読んでみる」
「ネットで興味のないニュースなどを閲覧する」
といった手軽なものでも、異なる環境に身を置くのと同様の活性化を期待できるそうです。
⑥ 対策その3:先入観を捨てる
3つ目は「安易なカテゴライズ、レッテル貼りに逃げない」ことです。
先述の通り、バイアスによる先入観に囚われない事が重要となります。
しかしこれは、前頭前野を使う機会を失うことにもなります。
脳はすぐにラクをしてしまいます。
他人を許せるようになるためには、やはり柔軟性を維持するためにも、面倒でも一人一人を地道に吟味する癖をつける必要があります。
⑦ 対策その4:心の余裕
4つ目は「余裕を持つこと」です。
生活に余裕を持つことが前頭前野を使うためには必要です。
食事や睡眠などの生活リズムを整えることは、心身ともに余裕を持つことに繋がります。
自分に余裕がない時は、やはり他人の間違いを許せなくなります。
まずは自分の心と体の健康を意識しましょう。
(4)感想
一通り読んでみた感想として、割と既視感のある内容でした。
ただ、最近のSNSなどインターネット上での心ないコメントなど、目に余る状況が続いており、一人一人がこうした問題について一度考え直す必要があります。
あえてFIREというテーマにつなげると、医師は本当に心身ともにすり減らせる仕事です。
もちろん医師の皆さんは、自身の高い能力と残業で何とか仕事を回していらっしゃいますが、冷静に考えてみると異常な仕事量をこなしていると思います。
比較的高い給与を得られる職業ではありますが、あまりに負担の大きい仕事です。
他人のミスが許せないほど、心にゆとりが無くなっている先生もよく見かけます。
サイドFIREを達成して、まずは自分の心にゆとりを持つことが、同僚や患者さんへの配慮にもつながると思います。
患者さんを治す以前に、自分が心身ともに健康であることが最も重要なことかもしれません。