【第13回】子供の心配と医師としての不安
こんにちは、Dr. KKです。
今回は以前記事にした「『学力』の経済学を読んで」で若干お話をしたこの書籍をご紹介しようと思います。
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※以前の記事もご覧になって頂けると幸いです。
(1)基本情報
筆者の新井 紀子さんは国立情報学研究所社会共有知研究センター長・教授で、数理論理学や遠隔教育を専門にされています。どうやらAI(Artificial Inteligence:人工知能)は専門ではないようです。何やら難しい専門分野ですが、要するに数学者でありながら教育者でもあり、「AIは東大受験に合格できるのか?」という壮大なプロジェクト「東ロボくん」の作成者でもあります。
調べてみると、元々は一橋大学法学部出身で数学は大の苦手だったようですが、大学の授業で数学の楽しさを知り、イリノイ大学数学科に留学し優秀な成績を修めたようです。すごい方針転換ですね!本書は2018年発刊で、発行部数累計30万部のベストセラーとなっています。
帯の内容の通り、「今後AIに仕事を奪われる可能性がある」という定番の煽り文句ではありますが、実際東ロボくん作成者がどのような根拠を持って警鐘を鳴らしているのか気になって読んでみました。
(2)要旨
本書はAIに侵食され得る人間の仕事と、今後取るべき対応について、著者の経験に基づいて論じられています。
数学者であり教育者である著者は「読解力が最重要能力である」と位置付けていますが、「研究では人間が読解力を獲得する過程は未だに解明出来ていない」としています。読解習慣、学習習慣、得意科目などとも相関関係が示せなかったそうです。
また、「現在のAIは読解力を獲得出来ない」という結論に達していますが、そのAIに対抗できるレベルの読解力を持つ人間の少なさを憂いています。
特に基礎的読解力テストの内容は興味深かったです!この後詳細を記します。
読解力とは外的情報に対する理解力を指すと思いますが、社会で生きていくためには正しい情報の獲得力や得た知識の実践力も必要だと思いました。
(3)AIは何ができるのか?
まずはAIとは何を意味するのかから考えていきましょう。
AI(Artificial Intelligence)を我々が想像する時、自ら考え行動し、人間をも凌駕するような発想を持つ機械が頭に浮かんで来るのではないしょうか?
最近巷で「AIが成長している」とは言いますが、残念ながら現時点でそういう段階には至っていません。
そもそもAIが得意とする技術は自然言語処理、音声処理、音声合成、画像処理の4つと言われています。
これらを統計や確率を用いて未来予測しているのですが、著者は「今のAIの方向性ではシンギュラリティは絶対来ない」と言及しています。
シンギュラリティ(技術的特異点)とは、簡単に言えば「人間の能力を超える瞬間」だと思って下さい。
つまり著者は「AIには出来ない事がある」と考えているようです。
(4)AIの歴史
実はAIの歴史は古く、1960年代からAIの構想はありました。
1960年代に第1次AIブームが起き、簡単な計算で推論を行うものが完成しましたが、当時はPCで行える計算量は微々たるものだったため、まもなく限界が来ました。
第2次AIブームは1980年代に訪れました。この時の技術をエキスパートシステムと言い、収集できる情報量が格段に増えたことによって、与えられた専門知識には何とか答えられるようになりました。
しかし人間の感情や、時代の社会情勢や常識には対応できず、臨機応変に対応するという柔軟さが課題として浮き彫りとなりました。
2010年代に到来した第3次AIブームでは機械学習がメインでした。
大量の画像を読み込ませることで、人物認証が可能となり、大量の知識を詰め込む事でクイズでも人間に勝利するようになりました。
その際に計画されたのが「東ロボくんプロジェクト」です。
(5)東ロボくんは東大に一生合格できない!?
著者はこのプロジェクトは「東大受験に合格できるか?」ではなかったと言います。なんと「なぜAIには東大に合格できないのか?」を研究するプロジェクトとして考えていたようです。
AIに受験勉強を教え込ませて判明したのは、AIには得意教科と不得意教科が存在する事でした。世界史や数学など、計算力や単純暗記による回答が求められるものはAIが非常に得意としていました。
しかし、英語や国語など読解力が必要な教科では、どんなに機械学習を繰り返しても到底東大に合格できる記述力は習得できなかったのです。
しかし、ここで安心してはならず、何とMARCHレベルの大学受験には合格できるようになったのです。これらの大学入試はマーク式であるため、ある程度統計的に選択肢を吟味できたようです。
MARCHは偏差値でいえば60前後とされています。偏差値60は人間の上位15%に位置し、AIも既にこのレベルには到達しているという事です。
(6)AIは言葉の意味を理解していない
ではなぜ、AIには英語や国語の能力が身に付かなかったのでしょう?
この答えとして、我々のスマホでSiriやGoogleに「この近くのイタリアンの店を教えて」と聞いてみましょう。
当然、スマホはイタリアンレストランを列挙してくれます。(実に便利な世の中!)
では次に、「この近くのイタリアン以外の店を教えて」と聞いてみて下さい。
驚くべきことに、先ほどと殆ど同じ場所を勧めてきます。
つまり、AIは「以外」という言葉の意味を全く理解しておらず、「近く」「イタリアン」という単語のみで判断しているということになります。
「以外」という言葉は統計的にも、意味的にも弾かれてしまうのです。
この他にも「岡山と広島に行った」「岡田と広島に行った」の意味の違いも理解できておらず、この文章をGoogle翻訳に入れてみると県名なのか、人物名なのか理解していない事が分かります。
つまりAIは膨大な情報量を元に、ひたすら計算しているだけに過ぎないのです。
数学では論理、確率、統計しか計算できないので、「太郎は花子が好き」などの抽象的な概念は全く理解できないのです。
(7)それでも仕事は奪われる
しかし、「じゃあもう一安心」という訳にはいかず、そんな単純計算機であるAIに間違いなく奪われる仕事があります。
いわゆる事務や経理は真っ先に奪われると予想されています。一方でAIに奪われにくい仕事として、コミュニケーション能力や読解力が必要とされる職業が挙げられます。営業や小説家などはなかなか代替できないと思います。
因みに医師の仕事も半分くらいは奪われると僕は思っています。ただ、それは半分の医師が職を失うというわけではなく、仕事の半分を任せられるようになる、という事です。
つまり、内科であれば診断はAIの方が精度は高くなるかと思いますが、臨床ではそれだけが仕事ではなく、内服アドヒアランスが悪い患者さんの要望を聞いてあげるなど、人間同士だからこそ共感できる部分は、医師自身がしっかりコミュニケーションを取って対応していくことになると思います。
そういう意味では、精神科は今後無くなりづらい診療科だと考えています。
このようにAIが代替する領域は、我々が想像する以上に遥かに広いのですが、であるならば、「我々は今後AIが出来ない仕事が出来るのか?」、つまり「意味を理解する仕事は出来るのか?」という問題提起を著者は行っています。
(8)基礎的読解力テスト(RST)の結果が悲惨なことに…
著者は「今の大学生はどの程度の読解力があるのだろう?」と思い、以下の問題を出題してみました。
【問】偶数と奇数を足した答えはどうなるか。
次の選択肢から正しいものを選び、その理由を答えよ。
(a)いつも必ず偶数になる
(b)いつも必ず奇数になる
(c)奇数になることも偶数になることもある
正答は「偶数を2m、奇数を2n+1とおくと、偶数+奇数は2(m+n)+1になるから偶数+奇数は必ず奇数となる…答えはb」となります。
大学受験を経験した方は「あ、懐かしいな」と思う人が多いかと思います。
典型的な誤答として「偶数を2m、奇数を2m+1として偶数+奇数は2m+1になるから偶数+奇数は必ず奇数」だったそうです。
別に2数は連動しなくて良いので別々の文字でおく必要がある、という誤答しても仕方ないかな、思える内容なのですが、実はこの問題の正答率はたった34%だったそうです。
中には「2+3=5、4+5=9、このように…(以下略)」という、普遍性に全く言及する事が出来ていない解答も解答も散見された様です。
著者はこの問題を「人生を左右する問題」と表現しています。
実はこの問題、国立大学の偏差値と正答率が明確な相関を示した様です。
実は、私立大学だと早稲田大学や慶應義塾大学のような高学歴とされているような大学であっても、典型的な誤答が最も多かったそうで、これはやはり記述式かマーク式かという受験形式が関係していると思われます。
この結果に愕然とした著者は「もしかすると、若者たちの読解力は想像以上に低いのかもしれない」と考え、大学生たちにRST(Reading Skill Test)を受験させてみたのです。
例題を以下に示します。
ご覧のように常識的な問題ばかりが出題されていますが、大学生のおよそ3人に1人が不合格だったそうです。
このRSTの結果も大学の偏差値と強い相関を示したそうです。
RSTを高校生以下の学生にも解かせてみたところ、高校生では正答率は上昇せず、中学生では学年が上がる毎に緩やかな上昇傾向を示したようです。つまり「読解力は中学生までで決まってしまう」という事です。
高校生以下でも学校の偏差値と正答率には強い相関を示したそうです。
(9)やはり子供の教育は重要
これだけ学力と相関していることは判明したのですが、どんなに調べても「読解力の身につけ方」や「読解力がある人の特徴」などは判明しなかったそうです。
読解習慣や学習習慣、得意科目にも相関せず、唯一相関したのが「学力の偏差値のみ」だった様です。そして「読解力は中学生までで決まってしまう」という恐ろしい結果が出ています。
僕は決して受験勉強だけが全てとは思っていません。娘もできれば普通の公立小学校に通わせたいと思っています。
しかし、今後の社会で生きていける子供に育ってもらうためには、勉学のフォローはしっかり行う必要があるな、と本書を読んで思いました。
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